湯治をしたら、呪いが1つ解けた話|Third star is twinkle, again.|米津玄師 カムパネルラ


prologue

子供の頃、だれにでもきっと、たいせつな、とてもたいせつにしていたものがあったと思う。ボクもそうだった。・・・そう、過去系である。そうだった、と。

小学校、中学校、高校、と大人の階段を登るにつれて、たいせつなものをたいせつにしなくなっていた自分がいたことに気づいた。毎日、いつもどおり生活していると、こんな気づきが起こることはほとんどない。

アイデアを探しても湧いてこない。

仮にアイデアが見つかるチャンスがあったとしても、ボクは別のことに気にとられて気づかないだろう。でも。日常から離れて。星が流れる場所に行く。そして帰ってくると、なにかが起こる。星が流れると、毎回と言っていいほど、確実にやってくる気づき。

ゆたかな時間はどこに流れているのだろうか。魔法がかかって、解けていくような、そんな不思議な刹那の時間でもある。そして、その魔法のような体験と気づきは、また日常の中に埋れてしまう。

キラキラとたくさんの星たちが輝く星空に、埋もれて光っている、三等星のように。

星が流れてくる川、銭川温泉

「ただいま〜!」

ボクがフロントに声をかけると、奥の厨房から手を拭きながらやってきて迎えてくれる。

「あぁ〜、おかえりなさい。今日は暑いですね〜。」

今回はマスクで顔が半分以上覆われていたが、すこし照れ臭そうに挨拶してくれる表情は、また帰ってきたなぁという安堵感を与えてくれる。また来れてよかったなぁと思う瞬間でもある。

ボクは二泊三日で湯治に来た。湯治といえば、1〜2週間は療養のために自炊宿泊するので、正確にいえば、プチ湯治といったところ。ボクはこうやって、数年前から、自身の療養や休養、そしてリフレッシュのために、プチ湯治をしている。

今回は残暑もあって、もう少し涼しくなってから行こうかなぁとタイミングを伺っていたが、インスタグラムで宿泊キャンペーンを開催していることを知り、そのまますぐ電話して、今回のスケジュールを予約していた。

「緑と暮らす谷間の宿 秋田八幡平の小さな温泉湯治宿」

これが銭川温泉のキャッチフレーズだ。「銭川(ぜにかわ)」と聞けば、お金が流れてくるのではないか?と思う人もいるかもしれないが、おおきな、無骨な石が流れてくる川で、銭を見つけたことはない。

宿に到着し、車を降りるためにドアを開けた途端に、ざぁざぁと流れる川の音、頬に触れる心地よい風、そして澄み切った空気が肺に入ると、おもわず深呼吸をしてしまう。そして、その味を噛みしめるように2度、3度、と深呼吸をする。銭川温泉での湯治は、こんな儀式から始まる。振り返ってみると「これが魔法がかかった瞬間なんだろうな」と思う。

心の銭が、流れる場所。それが、銭川温泉だ。

そう。銭は、星だった。

山のごちそう、星は5つ

銭川温泉はお風呂も最高である。昔は鉱山で仕事をしていた人たちが「目によく効く」という評判でにぎわったそうだ。最近は泉質も少し変わってしまったようだが、風呂上りの血の巡りをいつも以上に実感できると思う。人によっては汗が吹き出すみたいだ。

きっと、変温動物も二足歩行で走り回れるくらい、全身の血の巡りがよくなるんじゃないかなって思う。ちなみに、ヒト以外の動物はいないのでご安心を。

予約しておいた夕飯をいただく。いつもは「湯治セット」という「1汁3菜」の食事をいただいているが、今回はキャンペーンで山菜料理の夕食がセットになっていた。

ヒトそれぞれに「ごちそう」というものがあると思う。ボクが思う「ごちそう」は、ていねいに下ごしらえされた、シンプルで洗練された味わいの料理である。割烹料理や懐石料理ほど敷居が高いわけではなく、毎日でも食べられそうな、ていねいな料理。

作ってみたらわかると思うけれど、山菜料理は、下ごしらえが大切である。スジもある。アクもある。繊維質が強くて口当たりが悪い。でも、ちゃんと処理をするとものすごくおいしい。先人の知恵はすごいなぁと思う瞬間でもある。

そういえば、料理にもいくつか定義があると思うけれど、「そのままでは食べにくいものを、食べやすくすること」も料理の本質なのではないのかな、と思ったりもする。

そんな丁寧な下ごしらえをして、食材に適したバランスの良いダシを効かせること。そして、同じような味にならないように、五味(甘い・辛い・酸い・苦い・塩辛い)の五種の味つけがバランスよく小鉢に盛り付けられていること。

「料理は愛情」、「料理は心」などと言われるように、食べる人の気持ちや感じることを、小鉢や器に盛り付けることが、料理なんだな、と毎回気付かせてくれる。

海原雄山や山岡士郎のような解説がなくとも、並べられた料理を食べればわかることがある。言葉じゃなくても伝わるもの。料理を出して、料理を食べるのも、コミュニケーションだ。よく噛んで、飲み込めばわかることがある。

銭川温泉の料理は、グルメ通には見えない星が2つあると思う。グルメサイトや評価ばかりを気にする彼らには、たぶんこの「2つの星」は、見えないと思う。だから、見えない人には星3つに映るかもしれない。

銭川温泉の料理は、ボクにとっては、星5つだ。

しっかりと目を凝らして、ゆっくりと、そしてゆたかな時間を過ごしている人には見える、星が「2つ」ある。よく噛んで飲み込めばわかること。その「2つの星」は、「愛情」と「心」だ。それらを加えて、星は5つ星になる。

ボクもたまにその「2つの星」が見えなくなることもあるだろうけれど、銭川温泉では、見えるし、見せてくれる。きっと、あなたも、銭川温泉に行けば、見えると思う。

猫のように過ごす、そして音と文字と

湯治場での過ごし方を書き出してみたいと思う。基本的に、「吾輩は猫である。名前はまだない。」という「名もなき猫」のような過ごし方をしている。寝っ転がったり、散歩したり、ご飯を食べたりする。

でも、実際のところ、ボクは猫ではないので、本を読んだり、SNSを見たり、動画を見たりもする。昼食はサンドイッチを作って、フルーツも食べた。昼寝をすると、夜寝られなくなってしまうので、昼寝はあまりお勧めしない。眠くなってきたら少し体を動かしたり、涼しい時間を見計らって、ちょっと散歩をしたらいいと思う。

共有スペースには、音と文字がある。

音はご家族の趣味で、レコードもかけられる。往年の名曲LP盤も聴ける。・・・が今回は、「旅する吟遊詩人、青谷明日香」さんのニューアルバムを聞いた。ここにも、日常に埋もれて見えない星があって、キラキラと光っていた。

文字は、「3ヶ月に一度の入れ替え、鹿角市立図書館文庫」の本が並んでいる。私物の本もあると思うけれど、行くたびにラインナップが違って面白い。今回は、「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」「発酵する生き方」を読んだ。

音と文字の星には、リズムとメッセージがあった。

流れた時間、ミトコンドリア

2泊3日の湯治はあっという間に終わってしまった。簡単にいえば、猫のようにゴロゴロして、温泉に入って、ご飯を食べて、寝た。これを2日した。猫は温泉に入るのだろうか。まぁいいか。

流れた時間は、ゆっくりだった。仕事のようなことはしなかったし、だんだん考えられなくなっていった。だからこそ、ふだん考えられないことや、日ごろ考えないことを考えた。いつも後回しにしてしまうようなことを、後回しにせずに済んだだけ、なのかもしれない。

「日ごろ考えないことを考えた」と言っても、いつものように、脳をタテやヨコに回転させて考えたわけじゃなくて、どちらかといえば、「腹で考えた」ようなところがあるのかもしれない。お腹が減ったら考えて、お腹がいっぱいになったら考えた。でも、よく考えたら、お腹が空いていなかったような気もした。

そういえば、腸内細菌の勉強をしていて、気づいたことがある。「脳は糖分が必要」とよく言われるけれど、腹で考えるには「空気」が必要らしい。具体的に言えば、「酸素」だ。適切な酸素を取るには、適切な呼吸が必要になる。

これは、解糖系とミトコンドリア系のエネルギーシステムの違いによるものだという見解がある。だから、しっかり呼吸をしていれば、ミトコンドリア系のエネルギー代謝が働いて、あまりお腹が空かなくなるのかもしれない。全集中常駐。

「仙人は霞(かすみ)を食べて生きる」なんて言われるけれど、ミトコンドリア系を活性化させているなら、少食で済むだろうから、あながち「霞」を食べて生きれるのかもしれないなって思った。でも、おいしいものを食べて生きていたいなって思ったりもする。

ちなみに、今回の湯治でお腹が空かなかったのは、単純に脳を使わずにぼーっとしていたからだと思う。全集中常駐なんてできやしない。リラックスしていれば、集中しなくたって深い呼吸ができるんじゃないかって思う。ゆっくり吐いて、自然に吸えばいい。

そうか。星は、呼吸とともにやってくるのか。

カムパネルラ、帰路、たいせつなもの

米津玄師さんは、カムパネルラにこう聞いていた。「カンパネルラ、そこは豊かか」と。そして曲中ではこんな詞もでてくる。「いつになれど、癒えない傷があるでしょう」と。

帰路、ブラジル製の白いワーゲンバスを運転しながら、ふと考えたことがある。ボクは、大切なものを、いつの頃からか、大切に扱わなくなってしまったな、と。なぜ、こんなことを考えてしまったんだろうと、考えてみた。

そういえば、最近、大切なものを、大切に扱っている人たちと、出会い、交流をさせてもらっているな、と。

ボクは、高校生くらいのときから、大切なものを、大切に扱わなくなったような気がする。なんでかな、って考えてみた。

きっとそれは、「大切なものを傷つけられたくなかったから、大切に扱わなくなってしまった」のかもしれないなって思った。

こんな癒えない傷があったから、無意識に、大切なものを大切に扱わなくなって、傷つけられて、ヘーキでいられるように、振る舞っていたのかもしれない。

こんなことを、今回の帰路に気づかされた。

星はまた、輝き出した。

epilogue

子供の頃、だれにでもきっと、たいせつな、とてもたいせつにしていたものがあったと思う。ボクもそうだった。・・・そう、過去系である。そうだった、と。

でもこれを書いている今は、いつも見えなかった2つの星が、輝きを取り戻したような気がした。

銭川温泉で湯治をしたら、魔法がかかって、ゆっくりと、ゆたかな時間を過ごした。そして、帰路。魔法が解けていくのと同時に、ボクにかかっていた呪いも1つ解けていった。

古い傷は癒えたかもしれないけれど、傷痕は残ったままだ。呪いって、そういうものなんだと思う。星は、周りが暗いから、光って見える。

これからのボクは、大切なものを、大切に扱うようになれるだろうか。傷つくことをまた、恐れてしまわないだろうか。

NOとは言えないけれど、星が瞬くように、ボクの気持ちもきっと瞬くだろう。揺れるように、チカチカと。頼りないように、フラフラと。

魚座の満月が、カムパネルラとともに、ボクを明るく照らしていた。

 

***

 

▼オンラインストアはこちらから!▼

https://herbalcafeprana.raku-uru.jp

小さい商品は、ネコポス(送料330円でポストに届く)も対応いたします。

ぜひお気軽にどうぞ!

 

ハーブやアロマの説明については、PLLをご活用ください。

PRANA Life Library

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ご来店時のエール、このブログへのコメントもお待ちしております!


<自己紹介>
ハーバルカフェプラーナ店主の神馬(ジンバ)です。2011年4月からプラーナを開業して、ハーブとアロマの専門店をしています。日本メディカルハーブ協会認定のハーバルセラピストです。ハーブ専門家として活動や、セラピストとして「ライフスタイルデザイン」のアドバイスをしています。お仕事のご依頼、お待ちしております。

応援よろしくお願いいたします
オンラインストアはこちらをクリック
プラーナの目的は「ハーブやアロマを活用して疲れを癒すライフスタイル」を普及すること


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です