じぶんなりの健康法

 

不調や不安を抱えている、もともと体が弱いなど、なにかしらのリスクを抱えている場合は、自己防衛することが「快適な暮らし」を過ごすためには必要だと思います。これはだれにだってある「自分なりの健康法」なんだと思うのです。

「白湯を飲む」、「ラジオ体操をする」、「梅干しを食べる」、そんな健康法って、親に教えてもらったり、自分が不調の時に取り入れてみてよかったから、ということなのだと思います。もしかしたら「ジンクス」のように、心の支えという場合もあるかもしれませんが、そんなことで元気になるならやったほうがいいと思うわけです。

こんなことを書くと、これを読んでいる人たちに「そんなこと言って〜!」とツッコミが入るかもしれませんが、西洋医学だって「プラセボ効果」を認めていますから、ある意味では「病は気から」ということもあるんですよね。

 

ボクはプラーナを30歳ではじめましたが、あの頃できていたことが、最近できなくなっていることに気が付いたりします。「歳を取るって、こういうことなのか」と、おぼろげなのかもしれませんが、感じ取っています。30代のボクがこんなことを言っていたら、先輩方に笑われてしまいそうですが、加齢によって、年齢のステージによって、体調や心のあり方も変化するということを、なんとなく実感してきました。

こういう観点から見ていると、東洋医学や漢方という考え方を学ぶこと(自分自身にインストールすること)は、考え方の幅が広がり、心が豊かになると思います。

前にも書きましたが、人は毎日のように細胞が入れ替わっていて、1年前の自分なんて、細胞の視点で見たらもう別人な気がしませんか。でも「ボクはボクだ」と認識して、毎日生きているわけです。何度考えても不思議ですね。

そんな「ボク」だって、毎日何かを食べて、何かを感じて、何かを考えて、ストレスを受けて、発散をして、・・・なんて暮らしていると、成長していくわけです。この成長には、加齢も当てはまると思います。なので、そのときどきの自分は、その時しかいないわけですし、でも、なにかしらの大きな流れに乗って、良くも悪くも、導かれていくのではないかと思ったりもするわけです。

東洋医学や自然療法は、個性を大切にします。東洋医学の専門書を読んでいると「漢方医は、患者の家族関係、病気の履歴、性格、体質など、その人の背景も含めて診察するべきだ」ということが書かれていました。今考えてみると、医療技術がいまほど発達していないから、想像(推理、推定)もして補っていかないと、症状を改善できなかったんですよね。

これは逆に、今の時代の自然療法というのは「自己防衛のノウハウ」が詰まっているものだと思うわけです。顔色や、血圧や、体重など、自分で確認できるもので、自分の体調を確認する。

疲れが溜まっていないか、チェックする。そうすると、自分はいつも「喉に不調が出る」「肩が凝る」「イライラする」なんかがわかってきます。そんなときは「水分を補いましょう」「血行を良くしましょう」「気分を巡らせましょう」という対策があるわけです。

これを東洋医学では「気」「血」「水」という3つの概念を用いて、人の状態を分類し、原因と対策を考えました。独特な専門用語や言い回しがあったりするので、慣れるまで少し時間がかかるかもしれませんが、たのしいですよ〜。